元気になる情報誌 yomiっこ
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編集長のメッセージ 2010年08月号 - yomiっこ
yomiっこ 2010年08月号

古都の夜の灯り なら燈花会・遷都祭1300年祭夏季フェア・灯りイベント
グルメ特集 夏ごはん
2010年W杯の日本チームは大きな感動をもたらしてくれた。だが、ここに至るまではチーム内も相当な壁を乗り越えたようだ。スポーツ報知に日本チームの苦悩とそれを打破するまでの経緯が連載されていた。最初は結果を出せない成績に比例するように、チームの中は険悪ムードいっぱい、ヒーローになった本田選手もチームになじんでいなかった様子が伺えた。
最悪の状態の中で、腹を割って選手が話をし、岡田監督が元から考えていた、個人プレーよりもチームで勝つことにこだわった守備中心の戦術に変更することに皆が納得。その結果は推して知るべしだ。結果を残した以上に誰もが「このチームは最高。もっと一緒にやりたかった」と述べた感想が印象的だった。
その中で、何より心に残ったのは中村俊輔選手だった。スポーツ報知掲載の彼の独占手記に心打たれた。
チームのエースと推されていた彼は、ケガもあり本番直前に先発を外された。手記には「カメルーン選で先発でないとわかったときが一番きつかった」とある。どうしようもない悔しさを、「今までにない様々な感情がこみ上げてきた」と表現していた。出られなかった自分の実力不足を認め、自己犠牲の気持ちで先発選手を必死にフォローするに至るまでの心の動き。実際、それはTV画面からも痛いほど伝わってきた。
中村俊輔は結局W杯に恵まれなかった。02年は落選。06年ドイツ大会は高熱と度重なる負傷でチームに貢献できず。今回は彼の中では自ら人間として成長する大会になったと捉えている。
最後、「この無念を次に生かさなければもったいない。自分の人生に無駄な時間など何もない、この経験を逆襲のエネルギーに変えたいと思っている」と締めくくられていた。ならばどうか代表引退を今決めないでほしい。それをバネにして、ぜひ4年後のブラジル大会こそ、日本チームを牽引してほしい。みんな彼を待っている。
 
 
makican
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