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編集長のメッセージ 2012年01月号 - yomiっこ
yomiっこ 2012年01月号

初詣がいど2012
Indian Curry
おばあちゃんの知恵袋
2011年は、日本にとって忘れられない年になった。東日本大震災から半年後、奈良も土砂災害に見舞われ未だ行方不明者がいる。自然の脅威と人間の無力さを痛感した年だった。
11月中旬、福島県郡山〜宮城県石巻に行った。海岸沿いの町はほとんどガレキの撤去や建物の取り壊し作業は終わっていたが、石巻はまだ手つかずのところが多く、心が痛んだ。
震災で延期されていた福島県郡山青年会議所の50周年式典に出席させていただいたゆえの訪問だが、式典冒頭の、全国大会4連覇・郡山市立第二中学校の美しい合唱と、合唱部部長からの「お陰様で恵まれた生活を送れるようになりました」との言葉に胸が詰まった。原発事故はまったく終息の様子を見せず、ガレキの行き場も決まらない。それでも今の現状に感謝する福島の子どもたちの胸中を思うといたたまれなかった。
郡山市は政府に先駆けて市内の小学校校庭の除染作業を実施した。だがせっかく除染された校庭に、セシウムがついた落ち葉が舞い、またイチからのやり直しで、PTAが交代で除染作業をしているとのこと。
福島県からの県外への流出人口は早、7万人を超えた。青年会議所メンバーは地元の会社や商店などの経営者であり、地元を離れず1日でも早い復興を願い、努力している。だが妻子だけは県外へ避難している人が多い。地元にこだわる思いと、今後、家族が帰る日が来るのだろうかという思いが重なりつらそうだった。 
ある郡山の友人は「お金の援助はもういい」と言う。いつまでもお金に頼ると自立できないからだと。「東北には忍耐強い東北人魂がある。愚痴をこぼしても行政を待っても何も変わらない。自分たちで必ず立ち上がる。ただ東北人ががんばっていることをいつも忘れないでほしい」と強く語った。
放射能問題は東北だけのことではない。今や全国的に広がりつつあり事態の予測がつかない。その時に、東北の皆さんのように覚悟を持って行動できるだろうか。2012年がどうか穏やかな年になりますように。
 
 
makican
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