元気になる情報誌 yomiっこ
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編集長のメッセージ 2016年3月号 - yomiっこ
yomiっこ 2016年3月号

春を呼ぶ花
椿 練り切り
もう悩まない!
元気な髪を育てる秘けつ
この春から始めたい
スクール特集
終活シリーズ
どこまで知ってる?
永代供養
 3月。奈良では今年も二月堂の修二会が始まる。お水取りで知られるこの行事は、11人の選ばれた練行衆が、あらゆる人々の犯した過ちを、14日間ひたすら十一面観音様に懺悔する厳しい行で今年で1265回目を迎える「不退の行法」だ。 1265年間、本当に続いてきたのだろうかと、信じがたい気もするが、毎年、練行衆が「二月堂修中練行衆日記」という記録をつけていて、平安時代からそれが残っているのだ。
 今年練行衆で堂司を務める同寺の森本公穣さんにお話を伺うと、その日記を見ると、何度も途切れそうな危機があったようだと話してくれた。
 日記の中に『不退の行法断絶の時来る』と書かれている時があった。それは平重衡が南都焼き討ちを行った時だ。1180年12月に火が放たれ、大仏殿が消失、大仏殿の中にいた僧侶らも亡くなってしまった。翌年の修二会をどうするかでずいぶん議論された様子が記されているそうだ。
「いったん中断して回復してやれば」「いやいやそれでは『不退の行法』が途切れる」と議論した記録があり、「その頃からもう修二会は『不退の行法』とされていたことがわかります」と森本さん。議論の末、その年も実行された。
 その後も、修二会の間に堂内で点けられるダッタン松明の火で二月堂が燃えてしまったり、昭和に入ってからは、行中の練行衆3人に召集令状が来て、やむを得ず出征したり、戦時中は黒幕でお堂を覆って灯りを隠したりと様々な苦難を乗り越えて続けられている記録がある。
「その日記はただあったことを淡々と記録しているものなんですが、後になると長い歴史の中で大きな意味を持つのです。自分たちが苦しい時も、先人の苦難に比べればなんでもないと思えます」と話してくれた。
 また、大変な時こそどうやって乗り越えたかを先人が記録に遺してくれたお陰で、後の役に立つ、それは先人のギフトなのだとも。
 お松明の灯りに導かれて入堂される練行衆の皆さんに、今年は一層の感謝の気持ちを込めて、手を合わせたいものだ。
 
 
makican
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